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(2011年7月1日~)

ホスピス・緩和ケアに関する調査研究報告
2006年度調査研究報告
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日本人遺族に応じた遺族ケアのあり方に関する研究
-故人との「継続する絆」-
関西福祉科学大学健康福祉学部・准教授
坂口 幸弘


I はじめに

 遺族ケアの領域において、長年“grief work”という考え方が支配的であったが、1980年代後半以降、その考え方の限界が認識されるようになった。 Freud(1917)の理論に端を発する“grief work”モデルでは、故人との分離(detachment)が目標となる。しかし、この考えを支持する実証的な知見 は乏しく、多くの研究は故人との「継続する絆(continuing bond)」が、正常で適応的であることを示している(Klass, Silverman, & Nickman, 1996; Atting, 1996)。例えば、Rubin(1993)によると、息子を数年前に亡くした親は、未だに子どもに関する思考に没頭していたが、彼らは日常 生活で良好に機能できており、精神的・身体的健康も死別していない人と同様であったという。またSilverman & Worden(1993)は、ボストンでの 親と死別した6~17歳の子どもを対象とした研究で、絆の継続と良好な健康との関連を見いだしている。子どもたちは、形見を持つこと・墓を訪れる こと・故人について考えることなどによって、故人との関係を保持し続けており、親の形見を身につけるなど、絆を保持することの意義が論じられた。

 故人との「継続する絆」の具体的な内容に関して、配偶者を亡くしたアメリカ人350名を対象としたShuchter & Zisook(1993)の調査報告によると、 「故人と一緒にいると時々感じる」という人が、死別後2か月時点で71%、死別後13か月後時点で63%であった。また、「故人が自分のことを見ている と感じる」という人が、死別後2か月時点で61%、死別後13か月後時点で47%であった。またSilverman & Worden(1993)の研究では、死別後1年時点で、 親を亡くした子の74%が、亡き親は天国にいて、自分を見ていると感じていた。そして、回答者の57%は亡き親が天国から見ているとの考えのために、 びくびくしていた。一方で、びくびくしていない子どもは、亡き親が「見守ってくれている」と感じていた。さらにStroebe & Stroebe(1991)によると、 死別後2年時点で、配偶者喪失者の3分の1が、故人の存在を感じていた。また回答者の半数は、何かを決めるときに、故人に相談をしており、配偶者 喪失者の生活の営みや計画を行ううえで、故人は強い心理的影響を与え続けていることが示唆された。

 このような故人との「継続する絆」に関しては、文化差がある可能性が指摘されている(Stroebe, Gergen, Gergen, & Stroebe, 1992)。 日米の戦争未亡人を対象としたYamamoto, Okonogi, Iwasaki, & Yoshimura(1969)によると、日本人未亡人の方が適応的であった結果の解釈として、 日本人の場合、神道や仏教の信念に基づき、西洋人に比べ、故人との絆が保持されがちあるとの考察がなされている。しかし、現在のところ、日本人 遺族を対象とした故人との「継続する絆」に関する系統立った研究はほとんど行われていない。

II 目的

 本研究の目的は、日本人遺族における故人との「継続する絆」に焦点を当て、その内容を明らかにするとともに、遺族の人口統計学的因子、形見や写真 の保持、精神的健康との関連性を検討することである。

III 方法

1. 対象と手続き
 ホスピスで亡くなった患者の家族を対象に、郵送による自記式質問紙調査を行った。対象とした443家族のうち、274家族306名から回答が得られ、 回収率は61.9%であった。故人との続柄は、故人から見て、配偶者が166名(54.2%)、子が99名(32.4%)、親が11名(3.6%)、兄弟姉妹が15名 (4.9%)、その他(嫁、孫など)が15名(4.9%)であった。また本研究では、4年制大学に通う大学生を対象とした質問紙調査も実施した。467名 から回答が得られ、そのうち326名(69.8%)が身近な人を亡くした経験をしていた。本研究では、ホスピスでの調査で得られた配偶者を亡くした 165名、親を亡くした99名からの回答と、死別経験のある大学生326名からの有効回答を分析対象とした。

 配偶者を亡くした人の性別は男性が57名(34.5%)、女性が108名(65.5%)であり、年齢は37~85歳で平均62.9歳(SD=9.3)であった。親を亡く した人の性別は男性が29名(29.3%)、女性が70名(70.7%)であり、年齢は20~69歳で平均45.6歳(SD=11.1)であった。死別経験のある大学生 の性別は男性が94名(28.8%)、女性が232名(71.2%)であり、年齢は18~25歳で平均19.1歳(SD=1.2)であった。亡くした人の内訳は、祖父母 が215名(66.0%)、父母が19名(5.8%)、曾祖父母が25名(7.7%)、友人が21名(6.4%)、おじ・おばが18名(5.5%)、先生が6名(1.8%)、 兄弟姉妹が3名(0.9%)、その他が20名(6.1%)であった。

2. 調査内容
調査内容は、1)故人との「継続する絆」、2)形見や写真の保持、3)精神的健康状態に関する項目である。故人との「継続する絆」については、 先行研究(Klass, et al., 1996; Shuchter & Zisook, 1993)を参考に10項目を作成した。そして「あなたは故人のことを、今、どのように感じ ますか?」との設問に、当てはまる項目を全て選択するように求めた。形見や写真の保持に関しては、「あなたは故人の形見や写真を持っていま すか?」と尋ね、「いつも持ち歩いている」「目につく場所に置いている」「目につかない場所に保管している」「持っていない」の中から回答を 求めた。そして、遺族の精神的健康状態を測定するために、GHQ日本版の28項目版(以下、GHQ-28と略記)を用いた(中川・大坊, 1985)。各項目 について「まったくなかった」から「たびたびあった」までの4件法で回答を求めた。得点化は得点が正規分布しやすいよう、4件法の回答に0~3点 を与えるリッカート採点法 に従って行い、総得点(0~84点)で評価した。高得点であるほど、精神的健康の状態が悪いことを示している。

図1

IV 結果

1. 故人との「継続する絆」に関する回答分布
 配偶者を亡くした中高年者(n=165)、親を亡くした成人(n=99)、死別経験のある大学生(n=326)における、故人との「継続する絆」に関する 回答分布を図1に示す。カイ二乗検定の結果、配偶者を亡くした中高年者は、「自分の近くにいるように感じる」(χ2=46.7, P<.001)、 2="51.2," p="" 001="" 01="" br="">
2. 回答者の基本属性との関連
 配偶者を亡くした中高年者に関して、故人との「継続する絆」と、性別、年齢、宗教、死別からの経過期間との関連性を検討した。性別については、 有意な関連性は認められなかった。年齢では有意な関連性が認められ、65歳以上の人は65歳未満の人に比べ、「お盆にこの世に帰ってくるように感 じる」(χ2=8.5, P<.01)、「自分の近くにいるように感じる」(χ2=5.3, p="" 05="" 2="4.6," br="">
 宗教については、「仏教」信仰者(112名)、「キリスト教」信仰者(21名)、「無宗教」者(22名)の3群との関連性を検討したところ傾向差が認 められ、「キリスト教」信仰者は「お盆にこの世に帰ってくるように感じる」との回答が少ないことが示された(χ2=6.0, P<.06)。 br=""> 死別からの経過期間については、回答者を「1年未満」(46名)、「1年以上2年未満」(85名)、「2年以上」(34名)の3群に分けて検討したところ、 「天国(極楽)で暮らしているように感じる」(χ2=9.8, P<.01)と、「あとかたもなくどこかに行ってしまったように感じる」(χ2=6.5, p="" 001="" 2="" 1="" br="">
3. 形見や写真の保持
 配偶者を亡くした中高年者と、親を亡くした成人における、故人の形見や写真の保持に関する回答分布を図2に示す。カイ二乗検定の結果、有意差が 認められ、配偶者を亡くした中高年者は、親を亡くした成人に比べ、故人の形見や写真を「いつも持ち歩いている」との回答が多く、「目につかない 場所に保管している」や「持っていない」との回答は少ないことが示された(χ2=30.5, P<.01)。 br="">
 配偶者を亡くした中高年者に関して、故人の形見や写真の保持と、性別、年齢、宗教、死別からの経過期間との関係を検討したところ、有意な関連性は 認められなかった。また、故人との「継続する絆」に関する各項目との関係についても、5%水準での有意な関連性は認められなかった。

4. 精神的健康状態との関連
 配偶者を亡くした中高年者に関して、故人との「継続する絆」に関する各項目と、遺族の精神的健康状態との関連性を検討した。t検定の結果、「あなた をやさしく見守り、あなたを助けてくれているように感じる」においてのみ有意差が認められ、このように感じている人(Mean=26.3, SD=13.2)は、 そうでない人(Mean=31.5, SD=14.2)に比べ、GHQ-28得点が低く、精神的健康の状態が良好であることが示された(t=2.2, P<.05)。 div="">
表1
図2

V 考察

 故人との「継続する絆」に関して、日本人遺族を対象にその実態を明らかにすることが本研究の目的である。日本人以外のデータを得ていないため、 直接的な国際比較はできないが、先行研究との比較などから日本人遺族の特性を考えてみたい。ただし今回の調査は、近畿圏の一都市で実施したものであり、 対象者の代表性に限界がある。日本国内においても、地域差や文化差があることが予想されるため、この研究のみで日本人遺族全般について結論づけること には慎重であるべきである。

 配偶者を亡くしたアメリカ人を対象としたShuchter & Zisook(1993)の調査では、「故人が自分のことを見ていると感じる」という人が、死別後2か月時点 で61%、死別後13か月後時点で47%であった。これに対し、今回、「あなたを見守り、あなたを助けてくれているように感じる」との回答が、配偶者を亡く した方の74%に見られ、親を亡くした成人や死別経験のある大学生においても6割前後認められた。さらに配偶者を亡くした方において、死別からの経過期間 との関連性は認められず、2年以上が経過した人でさえ、71%がこのような思いを抱いていた。また、Stroebe & Stroebe(1991)の調査報告によると、死別 後2年時点で、配偶者喪失者の3分の1が、故人の存在を感じていた。一方、本研究では、配偶者を亡くした後、2年以上が経過した人のうち47%が、「自分の 近くにいるように感じる」と回答していた。これらの結果は、日本人遺族のほうが、故人の存在や、故人から見守られているとの思いを抱く割合が高いこと、 そしてその思いを長期にわたって持続させる傾向があることを示唆している。

 今回、配偶者を亡くした中高年者、親を亡くした成人、死別経験のある大学生という異質な3群を対象に調査を行った。結果として、いくつかの項目で差異が 認められ、配偶者を亡くし中高年者は、他の群に比べ、「自分の近くにいるように感じる」「ときどきあなたにメッセージを送ってくるように感じる」など、 故人を死別後も身近な存在として継続して感じていることが示された。この結果には、生前の故人との親密さや、同居の有無などが関係していると思われる。 また、「考え方や生き方などのお手本になっているように感じる」との回答は、配偶者を亡くした中高年者で45%、親を亡くした成人で52%であったが、 死別経験のある大学生では20%にとどまっていた。この結果も、生前での故人との関係性が反映されていると考えられる。今回対象となった大学生の場合、 4人に3人が祖父母・曾祖父母を亡くした方であり、配偶者や親を亡くした方に比べ、生前の関係性が比較的希薄であった可能性が推察される。

 Yamamoto(1970)は、日本人遺族が仏壇に話しかけたり、お供えをしたりすることによって、故人との絆を継続させていると指摘している。しかし、近年の 日本では仏壇の保有率が減少してきている。朝日新聞社の調査によると、全国平均で1981年には63%であったのが、1995年には59%となり、特に東京では47% と半数以下となっている(石井, 1997)。今回の調査では仏壇の保有については尋ねていないが、年齢差は認められており、高齢者ほど仏壇の保有率が高く、 「自分の近くにいるように感じる」や「お盆にこの世に帰ってくるように感じる」との回答につながった可能性も考えられる。

 故人との「継続する絆」に関連する要因として、親と死別した子どもを対象としたSilverman & Worden(1993)の研究では、子どもたちは形見を持つことに よって、故人との関係を保持し続けていることが明らかにされている。本研究における配偶者を亡くした中高年者に関する分析結果は、このSilverman & Worden (1993)の知見を支持するものではなく、形見や写真の保持と「継続する絆」との関連性は示されなかった。この結果の相違については、対象者の差異がまず 考えられるが、他方で文化的な差異の反映と考えることもできる。日本人遺族の場合、文化的な特性として、形見や写真を必ずしも媒介せずとも、故人との 「継続する絆」を維持できているのかもしれない。

 今回、配偶者を亡くした中高年者のうち、「あなたを見守り、あなたを助けてくれているように感じる」と回答した人のほうが、そうでない人に比べ、精神的 健康の状態が良好であることが示された。この結果は、Rubin(1993)やSilverman & Worden(1993)の研究結果を支持するものであり、故人との「継続する 絆」が、遺族の適応過程において重要な役割を果たしている可能性を示唆するものである。ただし、本研究では一時点の調査のため因果関係については結論 づけられない。故人との「継続する絆」が適応過程でどのような働きをしているかに関する検証は今後の課題である。

VI おわりに

 死別悲嘆研究に関して、欧米の知見に対する研究者の姿勢が問われている(松井, 1997)。欧米では1970年代後半以降、死別悲嘆研究は盛んに行われ、 多くの知見が蓄積され、研究書や一般書が数多く出版されている。近年、日本ではこれら研究書・一般書の翻訳本の出版が相次いでいるが、遺族の心理や 遺族ケアのあり方については、文化的特性による差異も十分に予想される。したがって欧米の文献に頼るだけでなく、欧米での知見について、日本人を対象に 改めて検証していく研究姿勢が必要である。本研究を含む一連の研究では、日本人遺族の体験としての死別をより深く理解するための視点として、「立ち直る」 「心残り」「継続する絆」という3つのキーワードを取り上げた。調査データに基づき検証したところ、いずれも日本人遺族の一般的な心情を表しており、死別後 の適応過程の重要な側面であることが示唆された。本研究では、遺族ケアの具体的な方法にまで言及することができなかったが、今回の一連の研究での成果に 関しては、日本人遺族の適応過程に関する理解を促し、日本人遺族に応じた遺族ケアを考える足がかりとすることができれば、その意義は大きいといえる。 そのためには、これらの研究をここで終わらせることなく、今後とも研究を継続し、さらなる知見を積み重ねていかなければならない。

VII 成果等公表予定(学会、雑誌等)

 本研究の成果は、国内の学会および研究会にて発表するとともに、国内外の学術雑誌への投稿を予定している。
引用文献
  • Atting, T. 1996 How we grieve: Relearning the world. New York: Oxford University Press.
  • Freud, S. 1917 Trauer und Melancholie. Internationale Zeidschrift fur arzriche Psychoanalyse, 4, 288-301. (井村恒郎 他 訳 1970 悲哀とメランコリー. フロイト著作集・第6巻. 人文書院)
  • 石井研士 1997 現代日本人の宗教. 新曜社
  • Klass, D., Silverman, P .R., Nickman, S. (Eds.) 1996 Continuing bonds: New understanding of grief. Washington, DC: Taylor & Francis.
  • 松井豊 1997 悲嘆研究の現状と今後. 松井豊 (編) 悲嘆の心理 (pp.243-254) サイエンス社
  • 中川泰彬, 大坊郁夫 1985 日本版GHQ精神健康調査票手引. 日本文化科学社
  • Rubin, S. S. 1993 The death of a child is forever: The life course impact of child loss. In Stroebe, W., Stroebe, M., & Hansson, R. O. (Eds.) Handbook of bereavement : Theory, research, and intervention. (pp. 285-299) Cambridge University Press.
  • Shuchter, S. R., & Zisook, S. 1993 The course of normal grief. In Stroebe, M. S., Stroebe, W., & Hansson, R. O. (Eds.) Handbook of Bereavement : Theory, Research and Intervention. (pp. 23-43) Cambridge University Press.
  • Silverman, P. R., & Worden, J. W. 1993 Children's reactions to the death of a parent. In Stroebe, W., Stroebe, M., & Hansson, R. O. (Eds.) Handbook of bereavement : Theory, research, and intervention. (pp. 300-316) Cambridge University Press.
  • Stroebe, M. S., & Stroebe, W. 1991 Does "grief work" work? Journal of Consulting and Clinical Psychology, 59, 479-482.
  • Stroebe, M. S., & Gergen, M. M., Gergen, K. J., Stroebe, W. 1992 Broken hearts or broken bonds: Love and death in historical perspective. American Psychologist, 47, 1205-1212.
  • Yamamoto, J., Okonogi, K., Iwasaki, T., & Yoshimura, S. 1969 Mourning in Japan. American Journal of Psychiatry 125, 1660-1665.
  • Yamamoto, J. 1970 Cultural factors in loneliness, death, and separation. Medical Times, 98, 177-83.