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(2011年7月1日~)
がん緩和ケアに関するマニュアル
■第6章■ 精神的ケア

 IV.主な精神的症状のマネジメント

1.抑うつ
■診 断
 抑うつは、がんの臨床経過のあらゆる時期に起こりうるが、がん患者の6~42%に認められる。表6-1に診断基準を示すが、重症になればなるほど見過ごされやすい。食欲不振、不眠、倦怠感などの症状は抑うつの診断基準に重なり、正しい評価を困難にする。見逃しを少なくするためには、重複した身体的症状も含めて抑うつを診断することである。日頃の会話の中で、「この1~2週間、気持ちの面で落ち込んだりすることはありませんか?」と繰り返して尋ねる。痛みと同じように、抑うつも尋ねないと分からないからである。

表6-1 抑うつ診断基準*とがんによる症状(DSM-IV大うつ病診断)
●心理的症状
 1.うつ気分
 2.興味や喜びの低下
 3.自責感
 4.焦燥感、精神運動制止(低下)
 5.自殺念慮
●身体的症状(がんやがん治療による症状と重複する)
 6.睡眠障害
 7.食欲、体重の変化
 8.集中力の低下
 9.倦怠感
*1.もしくは2.を含み、5項目以上の2週間の持続で抑うつと診断する。

■治 療
原因の治療:
 抑うつはがん自体やその治療に起因した痛みや身体的機能の低下などと関連していることが多いので、治療にあたっては、まず次の原因を考慮に入れ、精神科医の参加も求める。

・状況に関連した原因:
 がんの診断、検査、治療の選択、治療の終了、死の問題、家族との別れ、経済的問題、身体的機能の喪失、自律性の喪失。
・疾患に関連した原因:
 痛み、がんの進行、せん妄、ホルモン産生腫瘍、脳腫瘍など。
・治療に関連した原因:
 コルチコステロイド、インターフェロン、ビンクリスチンによる化学療法など。

患者教育:
 がんとその治療についての理解度を確認し、適切な情報を提供する。

カウンセリング(支持的精神療法):
 精神療法の基本となるのがカウンセリング(支持的精神療法)である。病気の受容を目標とするのではなく、個々の患者にとっての病気(がん)の意味を探り、その人なりの病気の理解の仕方や病気との取り組み方によって当面した問題を乗り越えていけるよう支えていく。これまでの人生の中でがんの経験に匹敵する経験を持っていない人が多いので、対処方法を医療従事者が一緒に整理してみる。このためには、まず現在の病気とその影響についての患者の感情、とくに恐れの表出を促し、それらを支持し、共感し、現実的な範囲で心身の安全を保証する。患者の性格や言動を指摘することはしない。医療従事者は自らの人生観や死生観を押しつけることなく、患者の個性、信条、価値観を尊重する。

薬による治療:
 三環系抗うつ薬(ノルトリプチリン、アミトリプチリンなど)、選択的セロトニン取り込み阻害薬(フルボキサミン、パロキセチン、セルトラリン)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(ミルナシプラン、デュロキセチン)を用いる。軽症例には、ベンゾジアゼピン系抗不安薬のアルプラゾラムを考慮する。三環系抗うつ薬は口渇や便秘などの副作用、選択的セロトニン取り込み阻害薬は嘔気などの副作用に注意しながら使用する。新規抗うつ薬ミルタザピンは5-HT受容体拮抗作用などを持つため、嘔吐や不眠にも効果がある。

2.不 安
 心配、恐れ、不安はすべての患者に生じるものである。がんによる諸症状や死に関連してよくみられる心理的反応としての不安から病的な不安まである。不安が遷延し、治療対応されないと著しくQOLが損なわれるので、不安を適切に診断し、治療することの意義は大きい。治療すべき不安はがん患者の10~40%に生じる。

■診 断
 日常生活に支障を来たす不安を治療対象にする。抑うつとの合併が多い。終末期の不安は、反応性不安がもっとも多く、ときにはパニック状態に陥っている。
 不安は精神的症状としてだけでなく、身体的症状として訴えられることがあり、身体的症状(動悸、発汗、過呼吸、嘔気、震え、頭痛、疲れやすい、集中困難など)と精神的症状(不眠、いらいら、過覚醒、不穏など)からなる。

■治 療
原因の治療:
 次の原因を考慮に入れて治療を行う。
・状況に関連した原因:
  抑うつの場合と同じ。
・疾患に関連した原因:
  痛み、呼吸困難、嘔気、せん妄、ホルモン産生腫瘍など。
・治療に関連した原因:
  コルチコステロイド、抗精神病薬や制吐薬によるアカシジア(静座不能症)、アルコールや抗不安薬の離脱、がん化学療法に際しての予期不安。

患者教育:
 がんとその治療に関する理解度を確認し、適切な情報を提供する。

カウンセリング(支持的精神療法):
 現実的な範囲で希望を支え、心身の安全を保証し、その人なりの病気との取り組み方で困難を乗り越えていけるよう支援する。

行動療法:
 リラクゼーション、自律訓練法など。

薬による治療:
 ベンゾジアゼピン系抗不安薬(アルプラゾラム、ロラゼパム、ジアゼパム)。抑うつとの合併やパニック状態には抗うつ薬を使用する。

3.せん妄
 終末期には、がん患者の30~80%にせん妄が発生する。せん妄は、身体的な異常に起因した軽度の意識障害に多彩な精神症状(失見当識、記銘力障害、誤認、錯覚など)を伴った急性の脳機能不全である。ときには、幻覚、妄想のため人格を損なうような異常言動が出現するため、患者のみならず家族の心にも大きな傷を残すことになる。

 興奮型のせん妄は気づかれやすいが、引きこもっているようにみえる低活動型のせん妄でも、患者は内面で幻覚や妄想に苦しんでいる。せん妄を早期に診断し、家族に十分説明した上で適切に対応する。死亡まで日単位となった時期では、せん妄が不可逆的となることもある。

■診 断
 せん妄の評価基準(DSM-IV)は次の通りである。
・注意集中力の低下などを伴う意識障害。
・失見当識など認知の変化または幻覚、妄想などの知覚障害。
・短期間のうちに出現し、一日のうちで変動する。
・原因となる身体的異常がある。

■治 療
原因の治療:
 次の原因を考慮に入れて治療を行う。

・疾患に関連した原因:
多臓器不全、電解質異常、貧血、低酸素症、感染症、痛み、がんの進行、ホルモン産生腫瘍、脳腫瘍など。
・治療に関連した原因:
モルヒネ、コルチコステロイド、インターフェロンなどの薬、アルコールや抗不安薬の離脱など。
・認知症など既存の疾患。

患者教育、環境調整:
 家族がそばにいるなど、患者が安心できる保護的な環境をつくる。見当識が良くなるよう室内の明かるさ、慣れている時計、絵画などで部屋の環境を整える。危険の防止のため、ベッドではなく、床にマットレスやふとんを敷いて寝かせる場合もある。拘束感を与える点滴ライン、尿道カテーテルの留置などはなるべく控える。せん妄の原因や成り立ちについて、またせん妄の症状、とくに誤解、失見当識、幻覚などについて根気よく患者、家族に説明する。

薬による治療(すべてが保険適応外使用となる):
 抗精神病薬ハロペリドールが第一選択薬である。ハロペリドールは0.75~3mgの経口投与または0.5~2mgの静脈内ないし筋肉内注射で開始し、効果に応じて漸増する。終末期のせん妄には、0.5~2mgの静脈内または筋肉内注射で開始し、30~60分ごとに様子をみながら漸増する。
 ハロペリドールは選択的ドパミン拮抗薬であるため、血圧降下、抗コリン作動性などの循環器系副作用が稀である。興奮が強いせん妄の場合にはクロルプロマジンを使用する。興奮を抑えるためベンゾジアゼピン系の薬を一時的に使用することがあるが、意識障害を改善する効果はないので、短期間の使用にとどめる。


もくじ