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(2011年7月1日~)

ホスピス・緩和ケアに関する調査研究報告
2006年度調査研究報告
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Staff grief and support system for Japanese health care professionals working in palliative care
モナシュ大学看護学科講師
下稲葉 かおり


I 研究の背景

 本研究は2005年度に引き続き、医療者、特にナースの悲嘆に焦点を当てて実施している。「医療者の悲嘆とサポート」に対しての興味は、 本研究研究者(下稲葉)の日本そしてオーストラリアにおける医療者としての経験からきており、日本の医療者から寄せられた声が動機 づけとなって本研究を開始することとなった。
 この分野は国内外でその研究の不足が指摘されているが、いくつかの研究結果の中から医療者の悲嘆について大切な提案がなされている。

 終末期の患者の苦悩や死、さらに家族の悲嘆やさまざまな感情を目撃する医療者は、その経験を通して医療者自身が悲嘆を感じたり、 過去に経験した悲嘆が呼び起こされる可能性がある。その中で、多くの医療者は悲嘆を表現することと、表現しないことの狭間で揺れて いる。しかし、医療者自身が自らの悲嘆を表現することを避け続けるならば、悲嘆の蓄積がおこりバーンアウトにつながるといわれてる (Papadatou, Papazoglou, Bellali, and Petraki, 2002; Vachon, 1995)。

 さらに医療者の経験する悲嘆の特徴として、社会に認められない悲嘆(患者・医療者の関係が、その死を悲しむ喪失として社会に認めら れていない)があること(Do-ka, 2002; Renzenbrink, 2005; Wakefield, 2000)、患者の死を通して医療者としての自信を失ったり、 自分の家族と重ねて悲しんだり、自分の死を考えたりすることがあるとの報告がなされている(Papadatou, 2000)。さらに医療者、特 にナースがCompassion Fatigue(コンパッション疲労)を経験しやすいと述べている。Compassion Fatigueとは、難しい経験をしている 他者・苦悩の中にいる他者を援助していること、または援助したいという思いからくるストレス、他者が経験している難しい経験(トラ ウマとなるような経験)について知ることによっておこる行動的・感情的な反応と定義されている(Figley, 1995)。

 これらは、海外でなされた研究からの報告であるが、日本の医療・緩和ケア、そしてグリーフケアの現状を考えたときに、文化的独自性 があることもみえてくる。緩和ケアが入院施設中心であり、緩和ケア平均入院日数が長いこと(2004年、日本46.29日に対し、オーストラ リア10~12日)。そして、全人的アプローチを目指す緩和ケアにおいてナースの果たす役割がとても大きいということ。このような中、 ナースたちはより長く患者・家族をケアし、その中で深い関係を築き、時に患者や家族から強い感情表現を受け、患者と家族の悲嘆の 目撃者となり、そして患者を看取っている。さらに現代社会において核家族化がすすみ、社会的背景の変化も伴って、親族を含む家族の 中でおこなわれていたグリーフケアが、医療の役割へと徐々に変化してきている(Matsushima, Akabayashi, & Nishitateno, 2002)。 日本の遺族へのグリーフケアの特徴的な点は、グリーフケア提供者で最も多いのがグリーフケア専門の医療者やカウンセラーなどではな く、現場で亡くなりゆく患者をケアしているナースであるということである(Matsushima et al., 2002; Sakaguchi, 2004)。

 上記のような国内外の報告から、医療者へのサポートが必要なことは明確であり、これらの研究をもとに医療者の悲嘆に対するサポート が提案されている。しかし、文化背景や医療制度の違いを考慮し、日本においてナースが職場で経験している悲嘆についてまず理解を深 める必要がある。昨年、本研究に対してプロフェッショナルアドバイスをいただいたロビン・ロビンソン博士(心理学者、Clinical Incident Stress Management Association in Australiaの会長)やマル・マッキソック先生(オーストラリアのグリーフケア提供と教育 の第一人者)もそのことを強調された。日本のナースがまずその経験を「語る」ことが必要であること、そしてその背景にあるスピリチ ャリティーや文化・社会背景の影響を十分に考慮する必要性があること。日本の現場において、それらの理解に基づいたサポートシステム を確立することが不可欠であると言える。
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II 研究目的

 日本の緩和ケアの現場において、遺族へのグリーフケアの必要性が年々注目されるようになっている。緩和ケア病棟では、それぞれに遺族 へのグリーフケアの提供が試みられている。これに合わせて、亡くなりゆく人々をケアする医療者のグリーフも徐々に注目されるように なってきた。なぜならば、患者を看取るという喪失体験のみならず、他者に「グリーフケア」を提供するにあたって、ケア提供者は自ら の悲嘆と向き合うことになるからである(Kaplan, 2000)。悲嘆によっておこる反応は、ストレスによっておこる反応と似ており、悲嘆 そのものもストレスの原因となるといわれている。これらの結果として、緩和ケアの現場で働く医療者に適切なサポートが必要であるこ とは明らかである。しかし、「医療者の経験する悲嘆」について十分に考察されてきたとは言いがたく、「医療者の悲嘆へのサポートシ ステム」について確立されているとは言いがたい。本研究の中では、日本の緩和ケアにおけるナースのグリーフの特徴を明確にし、ナース へのサポートを提案することを目的とする。

本研究では、下記の4点に焦点をあてている。
 1)仕事に関連したナースの悲嘆の認識について
 2)ナースの悲嘆の原因とその影響について
 3)日本において現在提供されているスタッフサポートについて
 4)スタッフサポートに関する提案

III 研究方法

研究対象:日本の緩和ケア病棟で勤務するナースと病棟師長。

方法:本研究はインタビューによる質的研究と質問用紙の混合で実施する。

質問用紙:質問用紙は、書き込み形式で、病棟におけるスタッフサポートの現状、スタッフサポートに関する今後の展望、スタッフサポート における師長の役割、スタッフサポートを展開することにおける難しさなどを聞く(添付資料A参照)。日本全国の緩和ケア病棟師長宛に、 質問用紙を配布する。返信のあった質問用紙は回答内容をまとめ、その内容をカテゴリー化することによって、日本の緩和ケアにおける スタッフサポートの現状を探る。

質的研究:緩和ケア病棟で勤務するナースを対象にインタビューを実施する。インタビュー項目は、ギリシャのPapadatou教授に許可を いただき、Papadatou教授の先行研究を参考に構成した(Papadatou et al., 2002)。ただしPapadatou教授の先行研究は小児の終末期ケア に携わる医療者を対象とした質問項目であるため、成人の緩和ケアを対象として修正をおこなった。Papadatou教授の研究で行われたインタ ビューは、主に3つのテーマに沿って構成されている。3つのテーマの1つ目は、「この分野で働くモチベーション」(例として、ナースの 個人的な疾患や死別などの経験、または意思決定をするにあたって影響を与える因子など)。2つ目のテーマは、「チャレンジと反応」 (例として、ストレス因子となるもの、または逆に報いとなっているもの、死ということに対しての個人のコーピングなど)。3つ目は 「仕事に関連した満足度」(例として、この分野で働き続けようという思いをもたらす因子、またはこの分野を離れようと思わせる因子、 仕事に対する満足感など)である。また、このインタビューの終わりに、Papadatou教授(2002)が先行研究の中で使用された「10の質問 カード」(緩和ケアにおいてナースが経験する可能性がある10のストレス項目を、ストレスが強いと思われる順に並べ替える)を使用する ことにした。質問項目と同じように、小児の終末期ケアを行う医療者を対象とした質問カードであったため、成人の緩和ケアを対象として 修正をおこなった(添付資料B参照)

 インタビューはプライバシーの守られる個室で、約60-90分を予定している。インタビューの内容は、参加者の許可を得てテープに録音され、 会話全文をテープお越しののち分析される。インタビュー内容の質的研究分析方法は、グラウンデッドセオリーを用いる。グラウンデッド セオリー アプローチでは、データに根ざして分析を進め、データに基づいた理論を作ることを目指している(戈木、2006;Charmaz, 2006)。 その理論は、洞察と理解を深め、行動をおこすための重要なガイドを提供する(Stra-uss & Corbin, 1998)。

 グラウンデッドセオリーにおいては、各インタビュー毎に内容分析をし、先に行ったインタビューと比較分析を行い、必要であれば新しい カテゴリーを次のインタビューに質問項目として追加する。また、分析内容の妥当性を証明する為、研究者一人でなく、英文に訳して共同 研究者・研究指導者(スーパーバイザー)によっても分析内容を確認され、さらにディスカッションを通して分析を深めていく。インタビュー は約12名を予定しており、そのつど内容分析し回答の飽和(Saturation)に至るのを確認する。

倫理的配慮:インタビュー内容がナースの個人的体験、悲嘆の経験に焦点をあてるため、個人の内面に触れる可能性が強く、十分な倫理的 配慮が求められる。そのため、各インタビュー終了後、振り返りの時間を持ち、インタビューに対する感想や、インタビューを通して感じた ことを話し合う。その中で、さらに専門的なサポートが求められるときには、カウンセラーの紹介を行う。グリーフケアやグリーフカウンセ リングで経験豊かなカウンセラーに協力を得、必要であればインタビュー後にカウンセリングを受けられる態勢を整えた。

 さらに倫理面の配慮として、この研究に関する計画書と倫理委員査定用紙をモナシュ大学倫理委員会に提出し、研究全体に対する倫理面の査定 を受けた。さらに、研究参加者に対して下記のことを明確に伝えている。
・質問用紙に回答することインタビューに答えることは、全くの自発的な行為である
・個人が識別される方法で結果が報告されることはない
・一度参加に同意しても、途中で辞退できる

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IV 実施経過

 2005年4月~10月までの期間に、本研究のトピック「医療者の悲嘆とサポート」に関連する国際文献約200部を収集し(日本に関する文献約40部 を含む)、幅広く文献レビューを行った。

 2005年11月~2006年2月にかけて、研究の計画書、研究方法についてスーパーバイザーとの検討を重ね、研究方法の決定と計画書の作成を行った。 現在、モナシュ大学看護学科緩和ケアのMargaret O'Connor教授と研究の専門Ken Sellick博士、そして緩和ケアの専門であり、グラウンデッドセ オリーの専門でもあるSusan Lee博士の指示を仰いでいる。

 データー収集開始前に、モナシュ大学倫理委員会の査定を得る為、必要書類(研究倫理承認申請書、プライバシー確保に関する約束書、研究計画 書、研究参加同意書など)を準備し2006年5月に提出、6月に同委員会より承認を得た。また、パイロットスタディとして、オーストラリア・ビク トリア州で勤務する日本人ナース4名に、質問用紙・インタビュー項目に答えてもらい、質問のわかりやすさや言葉の明確さについて検討をおこなった。 その後、2006年6月に全国の緩和ケア師長宛に質問用紙を送付した。質問用紙の送付の際、研究の説明書、研究への参加依頼書、緩和ケア師長への 質問用紙、インタビュー参加を募るポスター、切手付き返信用封筒を同封した。インタビュー参加のポスターは、スタッフルームに掲示してもらえ るよう依頼の文章を添付した。

 インタビュー参加のポスターを見て、参加表明をしてくれた緩和ケアナースに連絡を取り、インタビューの日程、時間、場所を決めた。2006年7月 からインタビューを開始し、第一次インタビュー(3名)、そして2007年1月第2次インタビュー(4名)を実施した。インタビュー参加者は、異なる 緩和ケア病棟から1名とした。

V 調査・研究の成果

 全国159の緩和ケア(2006年5月の時点において)病棟師長宛に送った質問用紙の回収率は、約6週間の回収期間の中で30%(159病棟中48)であった。 質問用紙記入に同意し、参加した病棟師長の年齢層、平均看護経験年数、平均緩和ケア経験年数、平均緩和ケア病棟師長経験年数は下記のとおり である。

 スタッフサポートに関する回答内容の分析は、インタビューにバイアスが入るのを防ぐため、全てのインタビュー終了後に行う。

 インタビューは、第一次インタビューを2006年7月に3名のナースを対象として、第二次インタビューを2007年1月に4名のナースを対象として実施した。 インタビューは、プライバシーが確保される個室で実施された。インタビュー開始前に研究計画書を渡し、再度研究についての説明と参加の確認を おこなった。参加の確認後、参加同意書に署名してもらった。参加同意書の中に記した内容は、1)インタビュー参加に対する同意 2)インタ ビューが録音されることに対する同意 3)必要であれば、さらなるインタビューに参加することへの同意 である。インタビューの時間は、 60-74分であった。インタビュー終了後、インタビュー参加についての感想を聞き、振り返りを行った。前述したように、インタビューで取り扱う 内容が、個人的な悲嘆に触れる可能性があるためである。さらに、必要があればカウンセラーを紹介できることを、各参加者に説明した。ただし、 現在まで終了した7つのインタビューの参加者からは、「このような話ができてよかった」「聞いてもらえてすっきりした」「こんな機会が欲しか った」という感想が聞かれている。

 2006年7月の第一次インタビューの3名のインタビューは全てテープお越しされ、まず日本語で会話分析(オープン コーディング)した。その後、 全てのインタビューを今度は英語に翻訳。翻訳したものは専門の翻訳家に送り、翻訳の精密さを証明してもらった。その後、スーパーバイザー達 とインタビュー内容の分析についてディスカッションを行い、さらに分析を深めた。このプロセスの後、第二次インタビューの質問内容の見直し、 追加をおこなった。

 第二次インタビューは2007年1月に実施。1つのインタビューを終了する毎に、インタビューのテープお越し、一時的な分析を行ない、スーパー バイザーと分析内容についてのディスカッション、次のインタビューへのテーマの追加などを行った。この作業を繰り返しながら、4名のインタ ビューを行なった。現在、この4つのインタビュー内容全ての英訳中である。
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VI 今後の方向と課題

 2007年1月に行った第二次インタビューの内容全ての英訳を行い、スーパーバイザーと内容を検討しながら分析を深める。また、今までの7つの インタビュー内容をさらに比較分析することで、共通のテーマを見つけていく。 このプロセスを通して、日本の緩和ケアで働くナースの悲嘆について理解を深めることが可能になると考える。

VII 調査・研究の成果等公表予定

 この研究は、2006年9月オーストラリア・ビクトリア州で行われた「Palliative Care Nurse Australia」全国大会で採用され、口頭発表を行った。 同じ発表枠の中で、「緩和ケア在宅看護を提供するナースの悲嘆」を研究しているオーストラリアのナースのグループの発表があり、文化や医療 システムが違っても「ナースの悲嘆」が共通課題であることが話し合われた。

 また、研究経過について海外の看護系雑誌への投稿を準備中である。

 さらに、2007年9月に行われる「Palliative Care Australia」という2年毎に行われる全国緩和ケア大会にての発表を申請中である。
[本要約における参考文献]
  • Charmaz, K. (2006). Constructing Grounded Theory: A Practical Guide Through Qualitative Analysis. London: Sage Publications.
  • Doka, K. J. (2002). Disenfranchised Grief: New Directiions, Challenges, and Strategies for Practice. Illinois, USA: Research Press.
  • Figley, C. R. (1995). Compassion Fatigue: Coping with Secondary Traumatic Stress Disorder in Those Who Treat the Traumatized. New York: Brunner-Routledge.
  • Kaplan, L. J. (2000). Toward a Model of Caregiver Grief: Nurses' Experiences of Treating Dying Children. Omega, 41(3), 187-206.
  • Matsushima, T., Akabayashi, A., & Nishitateno, K. (2002). The current status of bereavement follow-up in hospice and palliative care in Japan. Palliative Medicine, 16, 151-158.
  • Papadatou, D. (2000). A Proposed Model of Health Professioals' Grieving Process. Omega, 41(1), 59-77.
  • Papadatou, D., Papazoglou, I., Bellali, T., & Petraki, D. (2002). Greek Nurse and Physician Grief as a Result of Caring for Children Dying of Cancer. Pediatric Nursing, 28(4), 345-353.
  • Renzenbrink, I. (2005). Staff support: Whose responsibility? Grief Matters, 13-17.
  • Sakaguchi, Y. (2004). Global Exchange: Tasks Perceived as Necessary for Hospice and Palliative Care Unit Bereavement Services in Japan. Journal of Palliative Care, 20(4), 320-323.
  • Strauss, A., & Corbin, J. (1998). Basics of Qualitative Research: Techniques and Procedures for Developing Grounded Theory. Thousand Oaks: Sage Publications.
  • Vachon, M. L. S. (1995). Staff stress in hospice/palliative care: a review. Palliative Medicine, 9, 91-113.
  • Wakefield, A. (2000). Nurses' responses to death and dying: a need for relentless self-care. International Journal of Palliative Nursing, 6-5, 245-251.
  • 戈木クレイグヒル滋子 2006 質的研究方法ゼミナール:グラウンデッドセオリーアプローチを学ぶ. 医学書院