一般情報
ホスピス・緩和ケア
従事者への情報
財団紹介
財団へのアクセス
事業活動について

訪問者数 :
昨日 :
本日 :
(2011年7月1日~)
ホスピス・緩和ケアに関する調査研究報告
2004年度調査研究報告


■日本人遺族に応じた遺族ケアのあり方に関する研究 ―「立ち直り感」についての量的分析―
 国立がんセンター東病院緩和ケア病棟看護師長
 坂口 幸弘

Iはじめに
「立ち直る」という言葉は、死別に関する話題の中で日本人がしばしば用いる言葉である。遺族自身が「すでに立ち直りました」「まだまだ立ち直れないでいます」などと述べる場合もあれば、周囲の人が「立ち直られましたか?」と尋ねたり、「だいぶ立ち直ってきたみたい」と評する場合もある。このように「立ち直る」は、死別後の適応状態を表す一般的な日本語表現であると思われる。
死別後の適応状態は、客観的には、①認知的・情緒的反応のレベル、②身体的・心理的健康のレベル、③社会的機能のレベルという3つの次元から捉えることができるという(Cleiren , 1993)。認知的・情緒的反応には、悲しみ、怒り、否認、いらだち、罪悪感、無気力感などが挙げられ、PTSD関連の症状が見られることもある(Van der Hart, et al., 1990)。身体的・精神的健康のレベルとして、睡眠障害、疲労感、食欲障害、肩や首のこりなどの身体症状や、うつや不安の症状を経験することは珍しくない(Burnell&Burnell, 1989)。また近年では死別後における免疫機能や内分泌機能の低下が確認されている (Irwin & Pike, 1993) 。社会的機能のレベルについては、集中力や判断力の低下、社会的引きこもりなどが見られることがある。
これまでの死別研究では、このような客観的指標を用いて死別後の適応過程や関連因子に関する検討が行われてきた。しかし、死別は極めて主観的な体験であり、客観的な指標による評価のみでは決して十分ではないと思われる。そこで本研究では、日本人遺族の適応状態を表す指標の一つとして、「立ち直る」という日本語表現に注目し、立ち直っているか否かに関する遺族自身の主観的評価のことを「立ち直り感」と呼び、これに関する検討を行うこととした。遺族の「立ち直り感」にはどのような要因が関係しているのであろうか、また「立ち直り感」は死別後の適応状態を評価する他の指標とどのような関係にあるのであろうか。これらの問いに対する研究は皆無に等しく、本研究は日本人遺族の適応過程に関する一つの萌芽的研究として位置づけられる。このような遺族の「立ち直り感」に着目することで、日本人遺族に応じた遺族ケアについて有益な示唆が得られるものと期待される。
II目的
本研究の目的は、日本人遺族の「立ち直り感」に関する理解を深めるため、遺族の基本属性との関連を明らかにするとともに、情緒的悲嘆反応や精神的健康との関係性についても検討を行うことである。
III方法
1. 対象と調査方法
ホスピスにて亡くなった患者の家族を対象にした郵送による自記式質問紙調査を、4回に分けて実施した。第1回調査では1996年4月から1997年3月の間に亡くなった患者の家族259名から回答が得られ、回収率は68.9%であった。第2回調査では1997年4月から1998年12月の間に亡くなった患者の家族287名から回答が得られ、回収率は65.8%であった。第3回調査では1999年1月から12月の間に亡くなった患者の家族172名から回答が得られ、回収率は68.2%であった。第4回調査では2002年4月から2003年6月の間に亡くなった患者の家族で180名から回答が得られ、回収率は52.9%であった。本研究では、これら4回の調査で得られた898名からのデータを解析した。性別は男性312名(35%)、女性586名(65%)、年齢は8~90歳で平均49.0歳(SD=16.1)であった。故人との続柄は、故人から見て、配偶者が344名(38%)、子どもが415名(46%)、親が27名(3%)、兄弟姉妹が44名(5%)、その他(孫、嫁、婿、姪、甥、義父母、義兄弟など)が68名(8%)であった。死別からの経過期間は、6~30カ月で平均14.2カ月(SD=5.9)であった。
2. 調査内容
1)立ち直り感
遺族の「立ち直り感」の程度を測定するため、「あなたは今現在、ご家族の方をなくされた衝撃から立ち直っていると感じておられますか?」と尋ねた。選択肢として、「完全に立ち直っている」「立ち直りつつある」「ほとんど立ち直っていない」「全く立ち直ることができない」という4項目を設定し、回答を求めた。
2)GHQ日本版28項目版
遺族の精神的健康状態を測定するために、GHQ日本版の28項目版(以下、GHQ-28と略記)を用いた(中川・大坊, 1985)。GHQは、非器質性・非精神病理性の精神医学的障害の的確で客観的な把握、評価および発見に有効なスクリーニングテストである(Goldberg, 1978)。そこで本研究では、GHQ採点法に基づくGHQ-28総得点(0~28点)において、非器質性・非精神病理性の精神障害者をスクリーニングするためのカットオフポイントとして、先行研究(福西, 1990)に基づき6/7点を採用した。すなわち、7点以上の者は精神的健康上の問題を有する可能性の高い「高リスク者」と評定され、6点以下の者は「低リスク者」と評定された。
3)情緒的悲嘆反応(第4回調査のみ)
本研究では日本人遺族の情緒的悲嘆反応として、①不安、②悲しみ、③怒り、④喪失感、⑤恐怖(こわい・恐ろしい)、⑥罪の意識、⑦安堵感(ほっとした)、⑧解放感を設定し、各反応の経験の有無を尋ねた。
IV結果
1.「立ち直り感」の程度
回答者全体の「立ち直り感」の程度に関する回答は、図1の通りである。「立ち直りつつある」との回答が最も多かった。「ほとんど立ち直っていない」「全く立ち直ることができない」との回答は合わせて8%であった。なお、回答者数による統計解析上の問題から、「ほとんど立ち直っていない」と回答した者と、「全く立ち直ることができない」と回答した者は、一群として以降の分析に加えることとした。
図1「立ち直り感」の程度(N=871)
2.性差
男女別での「立ち直り感」の程度は、表1の通りである。カイ二乗検定の結果、有意差が認められ(χ2=18.8, P<0.001)、残差分析の結果、男性の方が「完全に立ち直っている」と回答した者の割合が高かった(P<0.01)。一方で、「ほとんど立ち直っていない/全く立ち直ることができない」と回答した者の割合に性差は見られなかった。
表1男女別での「立ち直り感」
  男性(N=308) 女性(N=563)
完全に立ち直っている 122名(40%) 148名(26%)
立ち直りつつある 158名(51%) 371名(66%)
ほとんど立ち直っていない/
全く立ち直ることができない
28名(9%) 44名(8%)
3.故人との続柄による差異
故人との続柄別での「立ち直り感」の程度は、表2の通りである。カイ二乗検定の結果、有意差が認められ(χ2=34.7, P<0.001)、残差分析の結果、親を亡くした人の方が配偶者を亡くした人に比べ、「完全に立ち直っている」と回答した者の割合が高かった(P<0.01)。一方で、「ほとんど立ち直っていない/全く立ち直ることができない」と回答した者の割合において、故人との続柄による有意差は見られなかった。
表2故人との続柄別での「立ち直り感」
  配偶者(N=335) 子(N=399) 親(N=27) 兄弟姉妹(N=44)
完全に立ち直っている 65名(19%) 151名(38%) 4名(15%) 16名(36%)
立ち直りつつある 235名(70%) 220名(55%) 19名(70%) 24名(55%)
ほとんど立ち直っていない/全く立ち直ることができない 35名(10%) 28名(7%) 4名(15%) 4名(9%)
4.死別からの経過期間による差異
死別からの経過期間別での「立ち直り感」の程度は、表3の通りである。カイ二乗検定の結果、有意差が認められ(χ2=12.1, P<0.05)、残差分析の結果、2年以上経過した人の方が「完全に立ち直っている」と回答した者の割合が高かった(P<0.01)。しかし、2年以上が経過した人のうち、半数は「立ち直りつつある」と回答していた。
表3死別からの経過期間別での「立ち直り感」
  1年未満(N=360) 1年以上2年未満(N=417) 2年以上(N=94)
完全に立ち直っている 101名(28%) 126名(30%) 43名(46%)
立ち直りつつある 225名(63%) 257名(62%) 47名(50%)
ほとんど立ち直っていない/全く立ち直ることができない 34名(9%) 34名(8%) 4名(4%)
5.情緒的悲嘆反応との関連
「立ち直り感」の程度別での情緒的悲嘆反応は、表4の通りである。カイ二乗検定の結果、「不安」(χ2=18.9, P<0.001)、「怒り」(χ2=6.6, P<0.05)、「喪失感」(χ2=20.2, P<0.001)において有意差が認められた。残差分析の結果、「完全に立ち直っている」と回答した者では「不安」や「喪失感」を経験した者が少なく(P<0.01)、一方で「ほとんど立ち直っていない/全く立ち直ることができない」と回答した者では「怒り」を経験した者が多かった(P<0.05)。なお「恐怖」と「安堵感」については回答数0のセルを含むため検定は行わなかった。
表4「立ち直り感」の程度別での情緒的悲嘆反応
  全体
(N=175)
完全に立ち直っている
(N=54)
立ち直りつつある
(N=108)
ほとんど立ち直っていない/全く立ち直ることができない
(N=13)
不安 88名(50%) 14名(26%) 67名(62%) 7名(54%)
悲しみ 162名(93%) 50名(93%) 99名(92%) 13名(100%)
怒り 21名(12%) 3名(6%) 14名(13%) 4名(31%)
喪失感 105名(60%) 19名(35%) 76名(70%) 10名(77%)
恐怖 12名(7%) 0名(0%) 10名(9%) 2名(15%)
罪の意識 30名(17%) 6名(11%) 20名(19%) 4名(31%)
安堵感 20名(11%) 12名(22%) 8名(7%) 0名(0%)
解放感 24名(14%) 7名(13%) 16名(15%) 1名(7%)
6.GHQによるスクリーニング結果との関連
「立ち直り感」の程度別でのGHQによるスクリーニング結果は、図2の通りである。「完全に立ち直っている」と回答した者の32%、「立ち直りつつある」と回答した者の55%が高リスク者と判定された。カイ二乗検定の結果、有意差が認められ(χ2=68.0, P<0.001)、残差分析の結果、「完全に立ち直っている」と回答した者において高リスク者の割合が低かった(P<0.01)。
図2「立ち直り感」の程度別でのGHQによるスクリーニング結果
V考察
死別は極めて個人的な体験であり、その体験を第三者が評価することは容易ではない。本研究では、死別後の適応状態を表す一般的な日本語表現である「立ち直る」に注目し、遺族自身の主観的評価である「立ち直り感」について、量的データに基づき探索的な検討を行った。
遺族の「立ち直り感」と基本属性との関連では、性別、故人との続柄、死別からの経過期間による差異が見られた。性差に関して、過去の多くの研究は、男性の方が死別による心身の健康悪化が深刻であると報告している(e.g. Helsing, Szklo, Comstock, 1981; Stroebe & Stroebe, 1983)。今回の結果は先行研究での知見と符合するものではなく、男性の方が「完全に立ち直っている」との回答の割合が高かった。しかし、「ほとんど立ち直っていない/全く立ち直ることができない」では性差は認められておらず、今回の結果から男性の方が立ち直りが良好であるとは必ずしも言えない。今回の結果に関しては、「完全に立ち直っている」と「立ち直りつつある」の捉え方に性差があり、それが反映されたとの可能性も考えられる。この点については、今後の詳細な検討が待たれるところである。
故人との続柄に関しては、性差と同様、「完全に立ち直っている」との回答では差異が認められたが、「ほとんど立ち直っていない/全く立ち直ることができない」では有意差は示されなかった。この結果は、故人との続柄に関わらず、一定の割合の遺族が立ち直れないでいる可能性を示しており、続柄にとらわれずに遺族ケアのニーズを的確に評価する必要性を示唆するものである。
死別からの経過期間による差異については、時間経過に伴い、「立ち直る」方向へ移行していくことが示唆された。ただし、完全に立ち直っているという遺族は、2年以上が経過しても半数に満たなかった。このことは「完全に立ち直る」ということが、決して容易ではなく、非常に長期間を要する可能性を示唆するものである。また、2年以上が経過しても、立ち直れないでいる遺族が少数ながら存在しており、このような特に適応が困難な遺族に対しては重点的な早期介入と継続的援助が必要であると考えられる。
情緒的悲嘆反応との関係では、立ち直れないでいる遺族に特徴的な反応として、「怒り」が見られる割合が高いことが示された。一方で、完全に立ち直っている遺族の場合には、「不安」や「喪失感」を経験した割合が低かった。これらの反応は、遺族の「立ち直り感」を推測する一つの目安になると思われる。
GHQによるスクリーニング結果と「立ち直り感」との関連性が認められ、完全に立ち直っているという遺族ほど、高リスク者の割合は低かった。ただし、「完全に立ち直っている」と回答した者の32%が高リスク者と評定された一方で、立ち直ることができないでいる遺族の19%は低リスク者と評定されており、立ち直り感と客観的指標による精神的健康状態とは必ずしも一致しない場合があることが示唆される。また「立ち直りつつある」と回答した者の半数以上が高リスク者と評定されており、立ち直りつつあるという遺族は、精神的健康状態についてはまだまだ回復していない場合が少なくないと考えられる。
今回の調査にあたって、対象である遺族に対して「立ち直る」という表現についての定義は行っていない。「立ち直る」は一般的な日本語表現であり、本研究ではある程度の共通認識が存在するものと想定した。例えば広辞苑によると、「立ち直る」とは「①倒れかけたものがもとのようにしっかりと立つ、②もとの良い状態にもどる、なおる」と示されている。しかし、回答者によって、「立ち直る」の解釈は大なり小なり異なっているものと考えられる。特に「立ち直りつつある」と「完全に立ち直っている」との線引きには個人差があると思われる。遺族にとっての「立ち直る」の意味については、質的研究での詳細な記述的分析によって今後明らかにする必要があると思われる。
本研究では、死別後の適応状態についての遺族自身の主観的評価である「立ち直り感」に焦点を当てた。精神症状や身体症状などの客観的指標に加え、「立ち直り感」という遺族の主観的要素の強い側面にも注目することで、日本人遺族の体験としての死別をより深く理解できるものと思われる。日本人遺族に応じた有効な遺族ケアを構築するにあたって、日本人遺族の適応過程に関する多面的なデータの蓄積が重要であり、本研究はその一つの試みである。
成果等公表予定(学会、雑誌等)
本研究の成果は、国内の学会および研究会にて発表するとともに、国内外の学術雑誌への投稿を予定している。
引用文献
Burnell, G. M., & Burnell, A. L. 1989 Clinical Management of Bereavement: A Handbook for Healthcare Professionals. Human Sciences Press, Inc., New York.
Cleiren, M. P. H. D. 1993 Bereavement and Adaptation: A Comparative Study of the Aftermath of Death. Hemisphere Publishing Corporation, Washington, D.C.
福西勇夫 1990 日本版 General Health Questionnaireのcut-off point. 心理臨床学研究, 3, 228-234.
Goldberg, D. P. 1978 Manual of the General Health Questionnaire. NFER-NELSON.
Helsing, K. J., Szklo, M., & Comstock, G. W. 1981 Factors associated with mortality after widowhood. American Journal of Public Health, 71, 802-809.
Irwin, M., & Pike, J. 1993 Bereavement, depressive symptoms, and immune function. Stroebe, W., Stroebe, M., & Hansson, R. O. (Eds.) Handbook of bereavement : Theory, research, and intervention. (pp. 160-171), Cambridge University Press.
中川泰彬, 大坊郁夫 1985 日本版GHQ精神健康調査票手引. 日本文化科学社.
Stroebe, M., & Stroebe, W. 1983 Who suffers more? Sex differences in health risks of the widowed. Psychological Bulletin, 93, 297-301.
Van der Hart, O., Brown, P., & Turco, R. M. 1990 Hypotherapy for traumatic grief: Janetian and modern approaches integrated. American Journal Clinical Hypotherapy, 32, 263-271.